top of page

【住区BOX①】

  • 2 日前
  • 読了時間: 4分

マック鈴木さん サブプライムローンの悪夢


 マック鈴木さん(51)は日本人メジャーリーガーのパイオニアとして活躍した。1995年マリナーズでメジャー昇格し、日本のプロを経ない初のメジャーリーガーとなった。以来5球団を渡り歩き通算16勝を挙げたが、道なき道を進んできたことで、グランド内外で希有な経験を積んだ。第1回は、不動産投資の失敗を振り返った。(村野 森)


2015年米カリフォルニアのウインター・リーグでコーチ
2015年米カリフォルニアのウインター・リーグでコーチ

「投資しとけば」と言われて


 マックさんが米アリゾナに家を買ったのは、日本への「逆輸入」が決まってからだ。メジャーリーガーとなってから7年。移籍を繰り返す「ジャーニーマン」として計16勝を挙げたが、右肩手術の影響もあり思うように投げられなくなっていた。再生を期して日本行きを決断、02年ドラフトでオリックスから2巡目指名された直後だった。


 マック(敬称略) 日本で3年(契約)って決まっちゃったから、荷物をどうしようかと思って。いずれはメジャーに戻るつもりだったし、じゃあ買っとこかと。住宅地として人気の高かったスコッツデールでした。街と自然のバランスがよくて住みやすく、家もよかった。3ベッドルームで、ガレージに車2台を停められて、ちゃんとセキュリティー・ゲートから入らないといけないようなところでした。日本の野球がオフになると米国に帰り、3年住みました。


 当時は米国の不動産バブル期。買えば上がる、といわれ、誰もがローンを組んでマイホームを買い求めた時代だ。購入から3年が過ぎると、持ち家の価格が跳ね上がっていた。


 マック(敬称略) 住んでいる家を売って投資しとけばって言われたんです。なるほどな、と。持ち家を元手に、サプライズという街に2軒買いました。ファッション・スクエア・モールみたいなのができるから、すごい街になるよと言われて。1軒は大きめで、もう1軒はその半分くらいの家でした。


 それが、悪夢の始まりだった。サプライズは90年代に開発され、砂漠の中にできた新興住宅地だったが、州都フェニックスから北西に約32キロという微妙な立地ゆえか人気が出ない。それどころか、みるみる値が下がったという。住宅バブルは潮が引くように終わり、07年末のサブプライムローン危機(※)にとどめを刺された。


 マック ああ、もうダメかなと。でも、売ろうとしても売れないんですよ。月6000ドルくらいローンを払っていて、それを4、5年続けたんですけどね。頭金も入れてました。結局、銀行が入ってきて競売みたいな形で売却しました。どれだけ待っても、購入したときの値段には戻らないからと。とにかく買った時期が悪かった。考えが甘かったんでしょうね。


 マックさんは現在、メジャーリーグ解説者、社会人軟式野球クラブ「G7 BLUE REDS」の監督、ジム運営、英語講師などとして、故郷神戸を拠点に多忙な生活を送る。励みになっているのが、最愛の家族が待つ戸建て住宅での生活だ。


 マック 土地の値段が買ったときより上がっているみたいなんです。ヨメに冗談めかして「売ろ、売ろ」と言ってるんですが、気に入っているみたいで同意してくれません。「いいときにこそ」とも思いますが、売らないでおきます。



 (※)サブプライム住宅ローン 米国で貸し付けられた、信用力が低い消費者(サブプライム層)向けの住宅ローン。返済不能に陥るケースが続出して07年に住宅バブルが崩壊。世界中の金融機関がローンを債券としてパッケージ化された証券化商品として購入していたため、リーマンショックをはじめとする世界的大不況のきっかけとなった。



 ◆マック鈴木(まっく・すずき、本名・鈴木誠=すずき・まこと)。1975年5月31日生まれ、兵庫県出身。滝川二高を1年で中退後の92年、1A球団の職員兼練習生として渡米。93年にマリナーズとマイナー契約し、95年メジャー昇格。5球団に在籍し、計16勝。02年ドラフト2巡目でオリックスに入団し05年まで計5勝。その後米国、メキシコ、台湾などでプレー。11年は関西独立リーグ神戸の監督を務める。妻はお笑いコンビ・クワバタオハラの小原正子さん。2男1女。



(第1100号 2026年7月16日 引用)








コメント


bottom of page