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マック鈴木さん/思い出の台湾寮生活

  • 5 時間前
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 【住区BOX②】 

 元メジャーリーガー・マック鈴木さん(51)はメジャー5球団で計16勝を挙げた後、オリックスを経て、2007年途中から08年まで台湾ラニュー・ベアーズに在籍した。メジャー復帰を目指しチームの寮で生活した当時を振り返った。(村野 森)


2007年8月ラニュー・ベアーズ入団

ジムでのトレーニングを欠かさない
ジムでのトレーニングを欠かさない

 マックさんは、07年8月、日本以外で初めてのアジアとなる台湾リーグ、ラニュー・ベアーズと契約した。本拠地は高雄。首都台北から南へ、バスで5時間半の距離にあった。


 マックさん(以下敬称略) ほとんどの選手が球団の寮に住んでましたね。結婚しているのに寮生活の選手もいました。球団職員も住んでいて、用具係とか、通訳も。コーチもいました。僕は外国人なので待遇はよくて、1人部屋。広さはよく覚えていないけど、べッドやシャワーもあったし、寮にはサウナもついていました。練習場は隣接していなかったけど、グラウンドまで20メートルでした。


 当時ラニューはシーズン後期の優勝争いのただなかにおり、途中加入したマックさんは勝ち試合を締めるクローザーとして活躍した。台湾シリーズでも登板。08年も在籍したので、1年と少しの間、寮生活を送ったことになる。


 マック 寮生活者が多かったのは、そのほうが安いから。台湾の選手は大卒でも日本円で月20万円くらいしかもらってなかったんじゃないですかね。家なんて買えないです。元ドジャースの陳金鋒(チェン・ジンフォン)という外野手のスーパースターがいて、彼は持っていましたけど。あともう1人、ローテーションに入っていた若い投手も。彼のところには遊びにいきました。50平方メートルくらいの2ベッドルームで、家族4人で住んでました。いいほうの部類ですよ。


 日本と違い、野球選手は特別視されなかったという。


 マック ラニューの親会社は靴メーカーで、いろいろ手広くやっている複合企業でした。グループの春節祭か何かに、チームとして呼ばれたことがあるんです。社員の人に歓迎されるかと思ったら、ぜんぜんそうじゃない。僕らに興味がないというか。バスケットボールのほうが人気があった印象があります。野球選手も「酒もってこーい!」みたいにガラの悪いやつもいて、洗練されていないイメージでした。


 若手選手はみな「メジャーリーグに行けば契約金1億円」という夢を見ながら、ギリギリの生活を送っていたという。そんな若者たちとの24時間共同生活はそれなりに楽しかったが、たまに抜け出して息抜きもしていた。


 マック 食事は外食のほうがおいしかった。スタッフに声をかけて、バイクの後ろに乗ってローカル飯を食べに行ったりしました。本当は1人で行きたかったけど、言葉がわからないから通訳できる人を連れていくんです。1食800円くらいでたらふく食べられました。鯖の頭とか、魯肉飯(ルーローハン)とか、牛肉の入ったスープとか。酒を飲むときは、ステーキハウスとかに1人で行っていましたね。


 台湾は2010年以降、デジタル化の波に乗り経済的に大きく発展した。低迷していた野球人気も高まった。ラニューは移転、身売りの末、台北に隣接する桃園が本拠の楽天モンキーズとなった。かつてのチームメートたちがどんな生活をしているか、充実したマイホーム生活を送れている者はどのくらいいるのか、マックさんは気になっているという。


 ◆マック鈴木(まっく・すずき、本名・鈴木誠=すずき・まこと)。1975年5月31日生まれ、兵庫県出身。滝川二高を1年で中退後の92年、1A球団の職員兼練習生として渡米。93年にマリナーズとマイナー契約し、95年メジャー昇格。5球団に在籍し、計16勝。02年ドラフト2巡目でオリックスに入団し05年まで計5勝。その後米国、メキシコ、台湾などでプレー。11年は関西独立リーグ神戸の監督を務める。妻はお笑いコンビ・クワバタオハラの小原正子さん。2男1女。



(第1154号 2026年5月1日 引用)








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