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マック鈴木さん/震災の記憶…斜めに傾いた街で
【住区BOX③】 神戸出身の元メジャーリーガー・マック鈴木さん(51)が1995年1月17日の阪神・淡路大震災を振り返った。(村野 森) 知らせ受けシアトルから帰国 マックさん(以下敬称略) 震災発生当時、19歳だった僕はシアトルで右肩のリハビリを行っていたんです。知らせを受けて、すぐに帰国しました。代理人だった団野村さんもいっしょでした。 2015年マック鈴木杯であいさつ 16歳だった92年に渡米したマックさんは、93年にマリナーズと契約したが、春のキャンプで右肩を壊した。だましだまし投げていたが痛みが取れず、94年に手術を受けた。言葉が不自由だった時期。メスを入れるべきか、保存療法を選ぶべきか、吟味する発想も余裕もなかった。メジャー初登板が96年、初勝利は98年だから、実績はまだゼロの時期。先が見えない中で聞いた、故郷のショッキングなニュースだった。 マック 神戸市須磨区天神町にあった自宅は、中が散乱してぐっちゃぐちゃになっていました。家族は無事でしたが、近所には家がつぶれて亡くなった方もいた。(慣れ親しんだ)弓場八幡神社も倒壊して
8月18日


マック鈴木さん/思い出の台湾寮生活
【住区BOX②】 元メジャーリーガー・マック鈴木さん(51)はメジャー5球団で計16勝を挙げた後、オリックスを経て、2007年途中から08年まで台湾ラニュー・ベアーズに在籍した。メジャー復帰を目指しチームの寮で生活した当時を振り返った。(村野 森) 2007年8月ラニュー・ベアーズ入団 ジムでのトレーニングを欠かさない マックさんは、07年8月、日本以外で初めてのアジアとなる台湾リーグ、ラニュー・ベアーズと契約した。本拠地は高雄。首都台北から南へ、バスで5時間半の距離にあった。 マックさん(以下敬称略) ほとんどの選手が球団の寮に住んでましたね。結婚しているのに寮生活の選手もいました。球団職員も住んでいて、用具係とか、通訳も。コーチもいました。僕は外国人なので待遇はよくて、1人部屋。広さはよく覚えていないけど、べッドやシャワーもあったし、寮にはサウナもついていました。練習場は隣接していなかったけど、グラウンドまで20メートルでした。 当時ラニューはシーズン後期の優勝争いのただなかにおり、途中加入したマックさんは勝ち試合を締めるクローザー
8月18日
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