第52回「遺言と親愛信託の違い」

遺言を書いて親愛信託も実行
遺言を書いておけば大丈夫と思っている人はたくさんいます。それで大丈夫な人もいますが、ほとんどの人が遺言だけでは自分の将来のリスクをカバーできないことが多いです。 まず認知症対策にはならないですよね。遺言は自分が亡くなってから効力が発生します。… ということは、自分が生きている間の対策にはならないのです。
そのため、自分が生きている間の対策は親愛信託を活用するのが有効です。さらに親愛信託は自分が亡くなった後の対策もすることができます。信託財産にしているものの財産権の部分に当たる信託受益権を誰に渡して、最終的に信託が終了し名義と財産権が一緒になって所有権に戻った時に誰のものにしたいのかという事を決めておけば、相続の手続きの必要がなく、その通りに財産が管理、承継されていきます。親愛信託は自分が生きているときの対策と亡くなった後の対策が同時にできる仕組みです。
しかし、信託財産になっていないものに関しては相続の手続きが必要になります。信託財産になっていないものや債務に関しての相続の手続きは遺言に基づいて行う事になります。遺言と親愛信託ではできることが違うのです。登場人物が同じなので、どちらかを選択しないといけないような気がしますが、遺言を書いて、親愛信託も実行しておくのが理想です。
遺言の中に書いているものを親愛信託で信託財産にすることもできます。信託財産になっているものは遺言の効力が及ばないので問題ありません。逆に信託財産になっているものを遺言書に書くこともできます。亡くなった時に信託財産になっていると遺言書の効力が及ばないので書いていても問題ありません。遺言の対象になるケースとは、信託財産にしているものが当初の受益者が亡くなるまでに所有権に戻っている場合、何らかの理由で信託が終了している場合などです。その時には遺言の効力が及ぶことになります。
リスクを避ける対策をしておく
遺言と親愛信託は「できること」と「できるもの」の対象が違うので、どちらが優れているとか、どちらかだけをしておけば良いというものではありません。委託者兼受益者に相続人が一人しかいなくて、本籍も変わっておらず、債務もないような場合はもしかしたら遺言は書かなくてもいいかもしれませんが、手続きや手間は増えるでしょう。
将来のことは誰にも分からないので、遺言も親愛信託も実行することをお勧めします。どちらも公正証書にした場合の公証役場の手数料は倍になるわけではないので、よほどの事情がない限りは両方の手続きをし、ご紹介すると混乱するので今回は触れませんが、任意後見契約も同時にすると将来の対策がより充実します。
個人の状況や周辺の環境があるので、それぞれにあった登場人物と役割を選択することになります。その時は信頼できる専門家に相談してください。「信託をしていれば大丈夫」とか「遺言を書いていれば大丈夫」、または「どちらかを選びましょう」と言われた時には、他の専門家にも相談してみた方が良いかもしれません。ちゃんとした専門家に相談しなければ、せっかく信託を活用しても片手落ちになることもあります。
家族信託を活用した委託者の死亡で終了する信託契約のケースで、信託財産から所有権に戻った時の持ち主、いわゆる帰属権利者を亡くなった受益者にしてしまっていると、せっかく信託契約をしているのに相続の手続きが必要になってしまいます。このような場合は遺言書が必要になってきますが、通常は信託にしている財産に関しては相続の手続きの必要がないようにします。相続人の関係が複雑で、相続の手続き対策で信託を活用している場合には相続の手続きが必要ないようにしておかなければ大変なことになりますよね。せっかく対策を取っていたのに、それがリスクになるようなことは避けないといけません。
監修:特定行政書士 松尾陽子(まつお ようこ)
よ・つ・ばグループ協同組合 親愛トラスト理事長

略歴
2015年行政書士まつおよう子法務事務所開業。
16年1月ソレイユ九州発足、同年8月法人化し(一社)よ・つ・ば親愛信託普及連合に名称変更。17年9月協同組合親愛トラスト設立。現在は専門家向けの連続講座やZoomセミナーなどを通じて親愛信託の普及活動に励む。
著書に『理想・希望通りの財産管理を実現する!カップルのための「親愛信託」』(日本法令)、『ここまで使える!自己信託&一般社団法人を活用した資産承継・事業承継(河合保弘氏との共著)』(日本法令)などがある。
(第1098号 2023年7月16日 より 引用)
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