第31回「対策は早い方がいい、そのために信託の目的をしっかり決めておく」
認知症対策としての 信託活用はほんの一部
何事も早めの対策が肝心なのはわかっていることだと思います。特に財産についてはなおさらです。ただ、実際に対策が実行できているかというのはまた別です。
たとえば、将来自分や親が亡くなった時の対策として遺言を書いておけば相続の時に手続きがスムーズに進むことはみなさんご存知だと思います。けれども「自分の親に遺言を書いて」とは言えない。「なぜ言えないのですか?」と聞くと親から「死ぬのを待っているのか!」、兄弟から「親になんてこと言うんだ!」と言われそうでなかなか提案できないという声を聞きます。
でも何も対策をしていなくて困るのはご本人とまわりのご家族です。遺言を書く提案をするのも、少しでも年齢が若い方が勧めやすいはずです。亡くなるということが現実的ではないからです。不死身の人はいませんから、相続は必ず起こることです。しかし、認知症にはならない人もいます。なので、本当は認知症対策よりもすべての人が遺言を含めた相続対策をするべきなのです。
「相続人がみんな仲良しなので大丈夫」と言いますが、ずっと仲良しとは限りません。来年も今のままの関係である保証はありません。「昔はこんなではなかったのに」というのはよくある話です。信託が認知症対策という認識が広がっていますが、実はそれだけではありません。
認知症対策として、信託を使うのはほんの一部の活用方法に過ぎません。ではなぜ「認知症対策としての信託」が普及しているのかというと手っ取り早く効果が見えるというのと、自分が亡くなってからのことではなく生きている間の対策だからではないでしょうか?
「将来、遺言も何もなければ揉めますよ」と言っても、「なんとかなる」とみなさん思ってしまいます。でも、認知症になってしまって、生きていくためのお金がないと困るというような目の前の問題になると何とかしようと思いやすいのです。
将来の目的を決めて 法的手段を残す仕組み
自分の周囲の状況が変わり、財産について予定を変えたい場合に遺言は書き換えることが可能ですが、その都度書き換えないといけません。そのため早い段階では書くことを躊躇される方もいます。その都度書き換えればいいと早い段階から準備している方は素晴らしいことだと思いますが、万が一書き換えられない状況になると変更することはできません。
対策は早い方がいいのはわかっていても、具体的に将来はどうなるかわからないというのが対策を実行できない原因の一つではないでしょうか? しかし親愛信託を使うと、もし万が一状況が変わって自分が変更できないようになっても、変更できるように決めておくことができます。目的をしっかり決めておけばそれに従って、自分の信頼できる人が実行してくれるのが親愛信託です。自分が認知症になっても亡くなっても、この財産をこのようにして欲しいというのを法的に残しておく仕組みです。
収益不動産などの場合、財産価値も大きくなるので、早めの相続と相続税の対策が必要になってきます。収益不動産を今後、相続にならないように法人に移す場合も、所有権のまま移すより、親愛信託を使って移した方が将来のことを考えての対策を取りやすくなります。
そのように単に所有権から信託受益権に変えたいだけで、認知症対策の必要がない場合は、自己信託を使います。将来的には名義を子供に変更しても良いし、名義のみを持つ法人を設立して変える方法もあります。名義を持つだけなので課税はありません。株式会社だと収益はなくても均等割りはかかりますが、一般社団法人を使えばかからないケースもあります。
親愛信託は目的が大切です。将来、財産をどのようにしたいかしっかり目的を決めておいて、それを実現するために自分の信頼できる人が法的に動けるようにするのが親愛信託になります。
監修:特定行政書士 松尾陽子(まつお ようこ)
よ・つ・ばグループ協同組合 親愛トラスト理事長
略歴
2015年行政書士まつおよう子法務事務所開業。
16年1月ソレイユ九州発足、同年8月法人化し(一社)よ・つ・ば親愛信託普及連合に名称変更。17年9月協同組合親愛トラスト設立。現在は専門家向けの連続講座やZoomセミナーなどを通じて親愛信託の普及活動に励む。
著書に『理想・希望通りの財産管理を実現する!カップルのための「親愛信託」』(日本法令)、『ここまで使える!自己信託&一般社団法人を活用した資産承継・事業承継(河合保弘氏との共著)』(日本法令)などがある。
(第1063号 2021年10月16日発行 より 引用)
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