【インタビュー】 日本グランデ株式会社(札幌市) 平野雅博社長

更新日:1月24日

他社との差別化でマンション事業拡大

 

平野雅博社長

 マンション開発を手掛ける日本グランデ(本社・札幌)は、2003年に平野雅博社長が創業した。前職のマンションデベロッパーで北海道支店長を務めていた24年前、当時では珍しいフィットネスやカラオケが付いた物件を企画し注目されたことで、「いつか起業したい」という以前からの思いを強くした。当時の会社は支店ごとの独立採算制を採用していたため、運転資金も支店で調達する。自ら銀行を回って借り入れをしなければならず苦労したが、「ある意味で会社経営と同じ。銀行とも関係が深まり独立しやすい環境だったのかもしれない」と振り返る。

 

 会社設立当初は、社外の事業主のパートナーとして主に分譲マンションの商品企画や設計、販売代理を担っていた。だが目標は将来の株式上場。「絶対に販売代理では終わらない」との信念から、創業の翌年、自社分譲1号となるグランファーレ円山公園南を供給した。全部で30戸足らずと現在に比べれば小規模だったが「失敗したら会社が潰れる」とプレッシャーは強かった。

 

 他社との差別化を図るため、炭を使った換気システム、マンションとしては珍しい一戸一戸の仕様を変える自由設計など、あらゆるアイデアを盛り込んだ。だがそのために販売価格が高くなっては買い手が少なくなる。「クオリティを落とさずコストを下げる。大変難しいテーマと挑戦することになった」。建築費を巡るゼネコンとの交渉には多くの時間を要した。蓋を開けてみればマンションは即日完売。その後、グランファーレシリーズは温泉施設、天然岩盤浴など多彩な共有施設が人気を集め頭数を増やしていった。現在までに、札幌中心には39棟約1800戸を供給している。

 

 平野社長には自社で販売したマンションを繰り返し訪れる習慣がある。「引き渡したとはいえ、買った方がそこで生活されていて、不満も出てくる。耳を傾けて改善していくことが大事で、そうしないと企業の成長はない」ためだ。


札証アンビシャス上場で首都圏に進出


 2019年6月、不動産事業者としては初となる札証アンビシャスへの上場を果たした。創業からの目標が実現した瞬間だった。上場後は資金調達手段が広がったことに加え、知名度が上がったことで顧客が抱く安心感も高まっているという。中でも実感したのが従業員の採用で、「以前より応募者が増え、人のレベルも上がった」。上場が、確実に経営基盤の強化につながっている。

 

 上場を足がかりに首都圏へ本格参入した。東京には2007年に支店を開設し、不動産仲介などで地盤を築いていた。道外第1号の分譲マンションに決めたのは神奈川県厚木市。小田急電鉄小田原線本厚木駅から徒歩6分の土地が見つかり、自ら現地を訪れすぐに取得を決めた。20年11月。土屋ホーム不動産と共同で「グランファーレ元厚木レジェンドスクエア」の販売を始めた。

 

 首都圏はマーケット規模が大きい分、競争も激しい。周辺地域には大型新築マンションが5、6件ある。だが市場には完成在庫が多く、値を下げている例もあり「大丈夫なのか」との不安も生じたという。そこは、コンパクトながらも収納を多く取ったり、電気自動車1台を提供して無料で利用できるようにするなど得意の差別化戦略を展開。炭を使った換気については「コロナ禍の影響もありとても反響があった」。現在までの成約率は70%と好調に推移している。

 

 「これはいいと思ったらすぐにやる。時間を掛けない」。平野社長は会社経営する上で早い決断を心がけている。道外2物件目の供給となる分譲マンショ運は東京都内で準備中だ。札幌と首都圏、両にらみで事業を前に進めている。


(第1058号 2021年7月16日 15面より)


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